恋愛の変なリクツ16
■倦怠期はチャンスでもある。
辞書でくると、あきていやになること。心身がつかれてだるいこと、と書いてあった。どんな関係も、いつも新鮮ということは、ありえない訳でして。時間とともに、慣れが新鮮さを消していく。慣れです。成れの果て、かも。特別な人だったのに。一秒でも長くいっしょにいたい人だったのに。少しずつ、慣れが苦痛になってくる。そばにいることが、うざい。やることなすこと、ストレスに近い。やさしさすらも、お節介だし、愛してるの一言も、脅迫と感じたり。でも、きらいなわけでは、ないのである。空気のような存在だという解釈もできる。微妙だ。
倦怠期のあなたのモテル度は?
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倦怠期を救うHOORAYSは?
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倦怠期を乗り越える旅行は富山へ
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倦怠期とは、自然現象なのか、別れの前兆なのか。じつは、チャンスではないかと思うのです。いい意味でも、悪い意味でも。倦怠期は、ラブラブをかなり通り越した状態です。冷めた分だけ冷静なわけである。ほんとにその人が好きなのか、けっこう客観的に観られたりもする。クールな目でじーっと診る。ラブラブで見えなかったクセとか、アホさ加減だとか、いいところを再発見したりもするかも。倦怠期は他人の目をくれる。倦怠期なのに、まだ切れられない部分は、ほんとに好きだったポイントかもしれない。ふたりの世界に、もうひとりの自分を存在させてくれる訳ですから、ありがたいと言えばありがたい。そして、決定的なイベントの前だとしたら、ふんぎりつけるチャンスでもある。親に会わせるとか、式の日取りを決めるとか。もしも、あなたが倦怠期のまっただ中で、そんなイベントが訪れたとしたら、躊躇することなく中止した方が、いい。イベントが近づくごとに、その倦怠感はさらに深まり広がり、かなり雲行きは怪しくなる。ギリギリまでせっぱつまって、いやいやイベントにさらされて、あげくのはては、やっぱりサヨナラという可能性が高い。つきあってどれぐらいかは人ぞれぞれだと思うのだが、これからずっと…と誓いあう前に倦怠期と感じるのであれば、そりゃ前兆でしょうと言いたい。いや、警告なのではないか。
ただただそばにいられることが、一番の幸せであるが持論です。そんな早い段階で、そばにいるのがキュークツとは、これから訪れるであろういろんな現実に、なかなか立ち向かえない。ほんの少しの誤差でも、時間をかけるごとにまちがいなく広がる。その誤差を冷静に視られるのが、倦怠期の自分。好きなところを再発見できたらラッキーでもあるし、未来の不幸を解除できたとしたらハッピー。という点でチャンスと思えるのである。怖いのは、倦怠期を体験せず、そのまま突っ走って、どうしようもなくなったころ倦怠期がやってくる方。早期発見が、恋のいちばんの処方箋。好きになるのも嫌いになるもの、一秒でも早いにこしたことはない。
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