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型破りタウンマネージャープレゼンテーション[フロムトヤマグ]
プロデューサーH as 長谷川圭 [5/18 11:15]

「メアド変更メールくれても元々登録していない」

さて。やっと富山にもどってきました。21日ぶりですね(笑。松江と高知に行ってみて。やはり富山は恵まれている。松江は基本計画認定で進行中。高知は認定申請中。私の、感想では、松江は地形(あの川は邪魔ですね)の問題が課題で、高知は高齢化(テナントのほとんどが地権者)の問題が課題。どちらも、難しい。松江と高知から、視察団が富山市に訪れたら、富山は良いなと感じるでしょう。さすがモデル地区と思うでしょう。松江の地理の問題も高知の高齢の問題も解決されているように見えるはずだ。マジックですね。うまい。

私は税金を収入としないタウンマネージャーです。なので、勉強や視察は自腹でいくしかない。そういう点では、コムクレープ遠征はとてもありがたい。見知らぬ土地に一週間滞在できるし、その中心街の百貨店の状態を知ることができる。時間があれば取材にもいける。それに、クレープを販売したら収入付き(笑。これからしばらく予定はないですが、また行きたいと思います。静岡、浜松、青森、弘前、盛岡、広島、千葉、仙台、福岡、名古屋、熊本、松江、高知といろんなところに行きましたね。

補助がないとしたら、何とか工面しようとするのが商売人ってもので、商売人のタウンマネージャーならではの話でした。


プロデューサーH as 長谷川圭 [5/13 7:7]

「コップの中」

さて。私は20歳でコピーライターをめざして、20年以上、富山の広告業界と関わって来た。何もできなかった私を拾ってくれたいくつかの会社、クリエーターとして目標とさせていただいてきた諸先輩と業界には、今でも感謝しています。広告クリエーターとしての経験がなければ、トヤマグ運営もコムクレープ運営も、タウンマネージャー機能も、今の私には備わっていなかった。

あるときから、広告では物が売れなくなった。これからはもっと売れなくなるだろうと個人的に予測した。コピーライターという職業も成立しないだろうと感じて、広告デザイン業界から距離を置いた。自信の仕事も情緒的な広告表現から、マーケット分析へとスライドした。売上という効果を追い求めたら、自然な流れだった。

それでも、少しは身を置いて来た。業界内の団体にも加盟して、その活動を手伝った。そして、その団体は憧れでもあった。私より10歳〜20歳の世代の富山の広告クリエーターの皆さんは、20年前は憧れのスターだった。富山コピーライターズクラブ賞や、富山ADCグランプリを受賞される方は、まさしく神だった。素敵でセンセーショナルな広告表現は、富山で作られたものとは思えない完成度。自分のいつかこうなりたいと、日々努力していた。

その世代の方は、50代〜60代に突入しても、今なお富山で第一線の広告デザインを手掛けている。広告業界が衰退と言われる中でも、富山のデザインは優秀だと全国に認めさせている。今でも尊敬しているし、業界の功労者だろう。デザイン技術も東京と肩をならべても遜色はないだろう。6月9日に国際会議場で、日本グラフィックデザイナー協会の総会と、JAGDA富山会員のポスター展が開催されるので見てほしい。

私もJAGDA会員だった。総会にもポスター展にも参加する予定だった。それを取りやめた。会員を辞めたのだ。理由は、私のプロフィール原稿に一部の会員からクレームが入った。まだ公開前だが、そのプロフィールでクレームが入るぐらいなら、ポスターなど掲載できないだろうと予測した。クレームの理由は、これらを公開したら、総会を後援している富山市から、見えない力が加わるかもしれないという感じだった。

私のプロフィールは、今の私を紹介するストレートなものだった。発表前のポスターは、今の私らしい表現だと思っている。他のクリエーターから見たら過激だなと思うことは予想していた。ただ、それが私の個性であり、なぜJAGDA会員となってポスターをつくるのかの理由だった。私の生活する地域では、中心市街地活性化という経済活動の促進と、環境モデル都市という自然環境保護の促進の2つを有する地域である。そこに強い不満と疑念を持っている。矛盾する政策をかかえて、国から多額の補助金を受け取り、現実と合致しているかどうかは別にして、モデル都市としての成功を掲げる地域である。

ポスター展は環境をテーマにしたものだった。私のこの矛盾への疑念のエネルギーと、常日頃のタウンマネージャーとしての活動を集約して、強烈なメッセージをもったポスターとプロフィールをつくった。1年間熟慮して、その制作活動はすすめられてきた。思いつきでも何もない。国民として保障されている「表現の自由」をポスターデザインで表現したけだった。

プロフィールの内容変更を求められて断った。JAGDAでやるようなことではないとも嗜められた。別にそこだからしたわけではない。私のスタンスはどこでも同じだ。そして、プロフィールぐらいでこうなら、ポスターなど掲載できないだろうとも言った。やりとりの中にはむなしさだけが残った。表現の自由が担保されないデザイナー協会など、辞める。変更する気はない。よくよく考えたら、なぜ他人にそんなことを言われないといけない。その権利は誰にある。

規約にも書いていないことで会員の権利をうばわれることに違和感を感じた。どうしても不適切な表現なら、役員会でも開いて、会員全員の意見を持ち寄り、ポスターとプロフィールの掲示に意義を申し立てればよい。私が誰々の兄弟だからとか、昔から知っているからだとか、異端児だからといった理由で、話すようなことではない。組織であるなら、その既約にそって手続きをふんで、正式に申し込めば良い。私は新人でも学生でもない。キャリア20年の法人代表でもあるのだ。

じつはこういった経験は、初めてではない。さかのぼれば10数年前、現役コピーライターだった頃のコピーライターズクラブや、会員ではなかったが作品を出品していたTOYAMA ADCでも同様の経験をした。古い話だが、当時かあの違和感は今でもある。尊敬すべき世代の皆さんの、ルールにはない慣例でのやりとりに、反発して辞めている。またもか。今はそういう印象が強い。もしくは、未だにか、という感覚が強い。

コピライター6年目ぐらいのことだろうか。そこそこキャリアもついてきて、仕事の幅も広がり、当時所属していたコピーライターズクラブでも、年一回の作品審査会で審査員などを務めるようになってきた。まだ一番若かったが、いずれは…みたいなタイミングだったと自分では思う。そのとろに年度末の作品審査会での、会員投票から審査実行委員か何かに選ばれた。つまり審査員に選ばれたと連絡があった。

名誉なことなので引き受けた。この時点では、誰が実行委員長になるならないなど決まっていない。選ばれた委員が集まって、実行委員が決まるのが普通だった。そこに一本の電話。「今年は長谷川君に実行委員長をやってほしい」。電話の主は元コピーライターズクラブ会長で、最も受賞歴のあるベテランのAさんだった。その年の実行委員のひとりだった。彼もその段階では、単なる委員のひとり。よくわからないまま気の抜けた返事をして、実行委員会に出席した。

その場でもやはり、「長谷川君を委員長に」と推薦された。10人ほどの委員かからは異論もなく。私がなるような空気になった。そこで聞いた。「なぜこの委員会で決まるはずのものが、事前の電話で打診があったのでしょう?皆さん、現段階では同じ会員ですよね?上下のない実行委員でしょう?」。空気が変わったのを覚えている。意味不明のいい訳が聞こえたのも覚えている。そして、私はこう締めくくった。「よくわらない決め方なので、コピーライターズクラブそのものも辞めます」。

実質のオーナー的な人の発言で、組織の方向が決まることに疑問をもったのだ。私はその世代の方々の、部下でもなければ、受注者でもない。同じ立場の一コピーライター同士のはずだ。もちろん、先輩後輩の関係はある。尊敬もしていた。ただ、組織的には納得がいかない。前々から感じていたが、具体的な「電話」で、決意した。これ以上かかわってもしょうがないし、組織として機能しないだろう。7年ぐらい世話になったが、辞めました。

アートディレクターズクラブには、会員ではなく、会員外からの作品審査会に仕事をエントリーしていた。コピーライターズクラブもアートディレクターズクラブも、当時の私からしたら、入賞することが目標だったし、単純にかっこよいと感じていた。ある年。仕事ではないが、私は作品展を開催し、その作品をポストカードとして販売した。コピーライターの私に対して、先輩アートディレクター6人がデザイン提供してくれた。

その6人に恩返しをするために、私が応募者となって出品料を払い、6人を受賞対象者としてエントリーした。はずだった。その作品は何かの賞に選ばれた。その知らせがアートディレクターズクラブの、その世代B氏から電話があった。「受賞者を長谷川君にしたいのだが良いだろうか」。エントリーには受賞対象者は私としてはいない。6人だ。なぜ6人ではダメなのかと聞いた。「受賞者は1名でないといけない」との答え。そんな話はきいたことがない。

確かに過去数年、受賞者は1名。しかし、規定には、複数者での受賞はダメとは書いていない。さらに、その作品は確かに6名のアートディレクターが存在する。食い下がった。「私が受賞するために応募したわけではないので6名でお願いしたい」。どう言ってもまかり通らぬらしい。だったら受賞を辞退しようと思ったら、6名のうちの1名の先輩から電話があった。「もらっておけ」。そこまで連絡はすんでいるようだった。

仕方なくしぶしぶOKした私。しぶしぶなので、その後の連絡はしなかったら、受賞者としての私の写真が、勝手に賞を発表する年鑑に掲載されていた。校正もしていなければ、写真も提供していない。著作権も肖像権もあったものじゃない。仮にも広告デザインを手掛ける会なのだから、これが違法なことぐらいわかるだろう。このときは一応大人になって、授賞式にも出たし、ありがとうございますと言った。ただ、その後の審査会では、あらゆる賞に、複数受賞者が存在するようになった。ばかばかしい。それから数年後、出品するのもばからしくなった。賞に価値も感じない。

そして、今回。育ててもらった富山のデザイン業界に、少しでも恩返しするチャンスがあればと思って入会していた、日本グラフィックデザイナー協会JAGDAを辞めた。まもなく富山で初の総会が行われるが辞めた。プロフィール掲載した原稿の変更はどうでもいい。文句を言いたければ言えばいいが、少なくともデザイナーズ協会が「表現の自由」を拒否してどうする。いま作っているポスターを出品したら、掲載しないつもりなのか。

富山の広告業界の、その世代の皆さんは、まだまだ活躍されるでしょう。後進も育っている。その世代の方のいうことを良く聞く弟や妹だけ。私のような「別の考えや感覚」を持った次世代は、辞めるべきというか、入るべきではなかったのだろう。20年変わらぬその体質に、嫌気がさしてしまった。本来なら、「プロフィールもポスターもそのまま掲載してほしい」と主張すればよかったのだが、私にある弱みがあった。脇が甘かった。「君のプロフィールを富山市の関係者がみて、富山市と仕事をするデザイナーに迷惑がかかると思わないか…」。

お涙頂戴の話に、だったら辞めると判断した。なぜ、富山市への自分の思いをプロフィールに入れたら、富山市と仕事をするデザイナーの立場が悪くなるのだ(プロフィールクエスチョンもそんな質問だった)。私の主張であって、会の主張ではないだろう。記名で書いているのだ。そのあたりのほうがおかしいと思わないのか?その後の圧力がかかるのが事実なら、それはそれで問題だ。私の書いていたプロフィールは、嘘ではない(しいていうならスケジュール上裁判中か控訴予定だけの違い)。「君のいっていることは確かに正論なのだが…」。過去に街なか感謝データウンマネージャーを辞退させられたときと同じパターンとなって、ばかばかしい。

その世代が中心となる、3つのクリエーター組織にはもう言いたいことはない。内から変えるなんて気もない。外から見守るなんて思いもない。私は、つくる側の強烈なメッセージを表現するデザインが好きだ。伝えるべきものがあって、ポスター等をつくる意義がある。ないなら本来は作れないはずだ。私が何かをつくるにしても、そうありたいと思っている。テーマだけ適当に与えられ、B1紙面に模様を描くようなデザインは大嫌い。これは主観ですから。紙とインクのムダと思っても批判はしません。

JAGDAも関係する富山市のすすめる「ポスターのまち富山」も、よく意味がわからない。ポスターは目的ではないだろう。メッセージを伝えるために、ポスターは手段でしかないのに、なぜ目的のようなかたちのまちづくり?

富山の広告業界は、富山の中心市街地や商店街と同じで、衰退しているし、高齢化している。組織はあるが、組織として機能はしていないから、ルールにない「慣例」がまかり通る。それだけは事実だ。








プロデューサーH as 長谷川圭 [5/11 6:59]

「本番は3日から」

さて。高知にて。タウンボイススレでも書きました。JAGDA会員を辞めます。まだ退会手続きが完了していないので進行形。一部の人間から、私がつくって発表しようとしているポスターとプロフィールに、いちゃもんがついた。圧力がかかった。そして、時間をかけて考えると、広告デザイン業界の長年の「慣例」について気づいた。

富山の広告デザイン業界に関係して20年。同じ理由でコピーライターズクラブもやめて、アートディレクターズクラブも参加しなくなった。今回はJAGDA。そして、これで一切の関係を絶ちたい。詳しくは、次回に書きます。

ポスターは圧力にくっせず、独自に発表します。


プロデューサーH as 長谷川圭 [5/10 14:40]

「空いている」

さて。「新規開業の店には、しっかりしたサービス意識をもってもらいたい」。
妙に印象に残る意見だった。

私は、街に新しくできた店は一度は行く。何があってもできるだけ暖かい目でみないと…なんて思ってる。
先日の某ラーメン店。ラーメンと餃子を頼んだのに、なかなか餃子は出てこない。
ラーメンを3分2ほど食べたところで「餃子はまだですか?」と聞いたら、
まもなくとそこから焼きだした。
ラーメンを食べ終わって5分。餃子が出てきた。申し訳なかったですの言葉もなかった。料金もそのまま。

先日の某飲食店。入ってメニューをみたら、おまかせコースともうひとつしかなかった。
自信があるのだろうかと思って、お任せしてみたら、ずっと最後まで揚げ物だった。
揚げ物がメインの店だから、それで良いのだろうが、おまかせコースのハードルはあがっていた。
男2名でけっこうのんで、12000円。うーんと納得できなかった。
厨房での動きは素人のようだった。素人のおかませだったのか。

先日の某飲食店。オープン2日目でにぎわっていた。カウンターに座った。
奥は満席。カウンターは半分うまっていた。あとからも客は来る。店員は「いま満席で」と断りだした。
私たちの左右の席は空いていた。「移動しますよ」と店員に言うと「いいんです」と言った。
気づいたらカウンターにはリザーブの札があった。実際は空いているのにである。
3組は返しただろう。つめれば座れたと思う。ただし、つまれば窮屈だったろう。
先に来た客にゆったり食べてもらうための行動か、それとも偶然かはわらかない。
ただ、カウンターにリザーブマークははじめてな気がする。

先日の某カフェ。遅いランチをした。580円のメニューがあったので頼んでみた。
580円だから期待していない。出て来たのは、とってもお洒落で大きな器に入った納豆ご飯だった。
納豆のメニューを頼んだのだから当然である。とはいえ、納豆ご飯を外食するとは思っていなかった。

新しいお店にクレームがあったら、私は言った方がいいと思う。
私なら聞きたい。お金を払っても聞きたい。
この4件中のほとんどは、そう長く営業できないだろう。
永らくこの街の店をみてきた。自ら改良できればよいが、
ほとんどの店は、改良することもなく客が減る。

ショッピンセンターでも百貨店でも、
そこにあるお店は、その集合体の代表となる。
商店街や地域でも、そのお店は代表といえるだろう。
本来ならオープン仕立てであろうがなかろうが関係ない。

偶然にでもその店に入っていやな思いをしたら、
その街や地域自体の印象も変える。

ただ、それを聞く耳を皆もっているだろうか。
そういう意識はあるのだろうか。

我々はいろんなものを共有しあって、この街で営業している。

誰も全体を監理しているわけではないので、
意識もサービスも統一できない。
ただ、皆でクレームを集めることはできる。

何とか消えて行くクレームを、回収できないものだろうか。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/29 23:45]

「最高記録を楽勝で出した快感」

さて。私が鈴木みのるを好きなのは、信じていたものにまったく自分が通じない経験をして、どん底から這い上がってきたからだ。風になれ。

http://www.youtube.com/watch?v=mk74xlJZl3M


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/28 6:48]

「花の絵」

さて。あるオーナーさんがメールでくれた。「ですから、新規開業の店には、しっかりしたサービス意識をもってもらいたい」。まさにその通りのエピソードがあるので書きたい。活性化具体策のひとつでもあろう。

とはいえ今日から遠征です。くたくたになると筆が止まる。そのときは御免ね。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/23 19:26]

「雑音」

さて。これ以上、店が減ってはどうしようもなくなる。これは結構前から思っています。もう3年ぐらいたったでしょうか。分岐点を越えて減ると、もう二度と再集積することが難しい店舗数があると思っています。

高岡中心部は、もうそういう状態。富山の場合はあと何店舗?店舗数もそうですが、店舗の質も大事です。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/23 11:4]

「あさくら」

さて。八策の一番目は、結局どうやって現状維持するか?って感じでしょうか?

消極的ですね(笑。ここが今は一番むずかしいわけです。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/22 11:5]

「宿題は?」

さて。いまのこんな状況でも、街で商売をできてる店はやっぱり優秀なんです。特に10年以上経営していて、さらに街から撤退せずに営業している店は、この街にとって宝なはずなんです。
 


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/20 13:34]

「金曜8時」

さて。市長、課長、その他公務員。
商工会議所、各商店街理事長、TMO、
NPO、市民の皆さん。
コンサルタント、タウンマネージャー、
市議、県議とも話した。

まったく話がかみわない。

補助金ありきだからしょうがない。

唯一かみあうのは、商店。
そして、経営者だけ。
さらにトヤマグ加盟店だけ。



プロデューサーH [4/20 13:18]

「アマボク」

さて。そこで私はドラスティックに
補助金を一円を使わないタウンマネージメントを考えた。
考え中…が正しいか。

貰っている限り、無理なんですよ。
貰えるかぎり、くれくれとなります。
それに群がる、代理店やイベント会社、
ディベロッパーに各媒体。

そんなのばかりが群がってきます。

ガラス研究所や高校も大学とも関係しましたが、
まったく話にならなかったな〜



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/20 10:28]

「エリチキン」

さて。はやりで書けば、トヤマグ船中八策かな(笑。

少なくとも役人が国のメニューにしたがって
補助金事業をやることや、

そにむらがるシロアリ業者が提案するものや、

補助金中毒になった商店街執行部が考えるものでは、

商店街も中心市街地も活性化しません。

それは、トヤマグ12年の歴史で学んだことです。

これは現実ですから。譲れない部分でもあります。

それでも日本中同じことをやってます。

この延長線に、商店街活性化具体策は、ありえません。




プロデューサーH as 長谷川圭 [4/20 9:48]

「けさのおにぎり3つ」

さて。トヤマグには活性化策がない。
具体性がないと、ときどき言われますし書かれます。
トヤマグ=私のことなんでしょう。

最近ここの書き方もきついんで、
ゆるーく書いてみます(笑。

具体策。ないかも(笑。

ないというよりも、まとめきれない。

今なお実験中。

そして、簡単に解決できる方法なんて
そう簡単にみつからないぐらい、
ややこしいし、難しいと思ってます。

ただ、ないわけではないって感じ。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/18 18:18]

「同じ家」

さて。目標達成できなかった、
中活当局と市長の総括。
中央通り再開発にまつわる総括。

これがなされなければ、何も進展しないと思っています。

10年前は、中心市街地といえば
総曲輪と西町と中央通り。
大手町や千石町は、認知されていなかった。

今の太田口通りや荒町と、ほぼ同じ扱い。

トヤマグ本部が総曲輪四丁目にあったとき、
このエリアを独自に西曲輪と呼んで
とりあげていたときがあった。
それぐらいに行政は、相手にしていなかった地域。

しかし、中央通りはかってにマンション計画を持ち出し、
街の中心となる総曲輪は、古参組合員が若手を閉め出し、
大和移転やグラプラ完成に頼り切って組織は弱体化。
西町は、年2回のイベントしか機能しない。

そこで、大手町と千石町は
補助金を入れるには都合のいい場所だった。
メイン通りではなくても、
組織もあり、商店街として最低限の活動をしていた。
近年はそこに目を付けた当局が、
やたらと介入している気がする。

富山は活動いているでしょ、
と都合良く使われている感じがするのだ。
総曲輪などはもう何をいっても協力しないから、
大手町と千石町を利用して、
あたかも活性化しているように報じる。

富山市だけ注目されてはたまらんと、
富山県も参入してくる始末。
二重行政のはじまり。

私は、大手町と千石町は
補助金をいれてまで活性化する必要があるのか、
疑問をもっている。
空き店舗が多くあるわけでもなく、
かねてより身の丈で独自の活動をしているわけで、
人通りがこれ以上多くなる要素もない。
どんどん店舗が参入するような立地でもない。

多面的に街に「いろいろ動きがあります」と
ごり押し活性化成功に利用されている気がする。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/18 17:21]

「5年間のストーカー」

さて。大和のそば屋で北日本新聞を読んだ。
中央通りF地区のマンション完成の
報告会みたいなものがあったとか。

中央通りの再生はすすんでいるのだとか。

もうどうしようもない連中の、戯言にしか見えない。
それを取材して垂れ流す、北日本新聞も何とも言えない。

そこに集まるおじいちゃん方は、
未来に何を残したいのだろうね。

1階には地権者テナントが2つ。
あとはギャラリー?
最後の区画は佐藤工業が買い取ってリーシングするらしい。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/17 15:39]

「朝から終わりましょう」

さて。富山市に情報公開請求した。
過去20年間の富山市から
中央通り商栄会に流れた補助金について。

告発ブログにて、中央通りの年間の再開発予算の使途が、
組合員にさえ報告されていないと書いてあった。

組合員ではない私等、まったく知ることもできない。
その額は、去年で500万円以上。今年は800万円計上。

そこで、それを知る唯一の手段は情報公開請求。
再開発を掲げてから、富山市は中央通りに補助金を公布している。
公布している限りは、それが何に使われているかの報告があるはずだ。
それらのデータを請求したのです。

2週間以内に
担当課から資料が渡されます。
商工労働部です。
そこに一体なにが書いてあるか?

普通に想像すると、
何年に再開発のためにいくら補助金が公布され、
それはなんのために使われたかの使途が、
商店街から富山市に
報告があるはず。
それが資料として手に入ります。

別の結果としては、
資料は公開されない場合です。

黒塗りで情報が隠されているケースもあるでしょう。

資料はできたはいいけれど、
補助金の使い道は、
調査費一式…なんてこともありえる。

中央通りが数百万円の補助金が公布に
値するような使途を
富山市に報告しているのか?

それとも「一式」で数百万円を
富山市は湯水のごとく出しているのか?

いろいろ想像できますね。
とはいえ公開された資料は、
私の手ですべて公開します。

そこから新しいマグネット運動に
つながれば良いですね。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/12 14:33]

「撃沈」

さて。青森からもどってきて、
街の店がばったばったと閉店している。
この冬が酷かったから?

中央通りを歩いてみたらひどいものですね。
もうほとんど店がない。
ついに完成したタカラレーベンのマンション。
マンションは完売したってニュースでした。
一階の店は、どこかが入店する気配がない。
一カ所だけ、内装が完了している店があった。
どこかな…と思っていたら、
地権者の沢田靴店だった。
新しい店は、入る気配が感じられない。

まあ、あそこに店をつくったら
自殺行為でしょう。


総曲輪通りも、空き店舗がかなり目立つ。
新しい飲食店前には、大きなメニューポスターがどーん。
看板だらけになりはじめた。
これは、売れてない現象のひとつだったりします。

なんとか営業していても、
赤字続きの噂をきく店もある。
銀行から融資を受けられなくなった店もある。
以前に紹介したように、
支払いを踏み倒してものうのうと営業している店もある。
常盤町から大手町に移転しても、
踏み倒している事実は消えない。

まだまだ店は減るだろう。

来春から西総曲輪の再開発がはじまり、
20店舗近くがなくなる。
どんどん店はなくなる。

せからしやにいましたら、
隣りのお客さんに商店街について聞かれた。
たぶん私はイラッとしていた。
質問にリテラシーの低さを
感じたからだ。
一般の人ならしょうがない。
でも、しつこく聞かれると腹もたつ。
皆さんの税金も使われているのに、
そのリテラシーで
大丈夫か?

富山市長と中活当局は、
この街の活性化はほどよくうまくいっていると胸をはる。
中央通り理事長と沈黙の理事たちは、
中央通り再開発は確実にすすんでいると胸をはる。

検証も総括も、
この現実を見てもする気がないのです。
ごり押しと嘘の塊にしか、
私には見えないのですね。

富山市中心市街地の活性化は、
首長と中活当局、
中央通りの執行部の責任問題を解決しない限り、
なにひとつ好転することはないでしょう。

これは私の中では決定です。

ある商店主から
ある地区で商店街新組織を作りたいと相談された。
断った。
東京のある議員さんが、
私に会いにやってくるそうです。
商店街と商工会の役員をしているそうですが、
私がすすめることは、この2つ。

iモールトレンドと
トヤマグPB。

商店街活性化指標にホームページの検索数を入れましょう
ってことと、
古い言い方をしたら一店逸品運動です。
欲しいものがひとつでもあれば、
人はかってに買いに来ます。
そこにしかなければ、売れます。

この2つやりはじめて、
そこから次のステップをふむ。
13年かけてやってきた
私の結論です。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/10 10:43]

「母性」

今日はいいことがあった。
明日もいいことあることを
祈ろう。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/6 18:33]

「ほんとは好きなんじゃないの?」

さて。クレームあり、ガス抜きあり、ストーカーあり、忘れ物ありのとんでもない日って一年に一度ぐらいはあるのかな。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/5 17:15]

「じつは画数の多いタイトルは怒っているときです」

さて。趣味でやっていることにビジネスもってこられると悲しいですね。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/4 10:23]

「まだこどもでしょう」

さて。今年この方は50歳なのですね。こわっ。
http://www.youtube.com/watch?v=ulIA_e_GpTc&feature=fvwrel


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/3 23:4]

「言葉が声になる」

さて。賛否両論かぁ。
http://www.youtube.com/watch?v=Q3Fw6meV2Y4&feature=related


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/3 22:35]

「ひとりの時間の空」

さて。うまいなあ。
http://www.youtube.com/watch?v=o6vsnCjGEc4&feature=related
やってみようかな(笑。

永遠なのかー本当かー


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/3 18:8]

「結局最後は被害者の会」

さて。二十年前の曲なのか。
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=WUs70hnsv2I
古く映らないのはなぜだろう。

なるべく小さな幸せと。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/3 17:7]

「ほらね」

さて。どえらい風です。コムクレープの開店休業。救急車やら消防車やらが走り回っています。

総曲輪通りのある理事が、長年つとめていた理事を引退したそうです。ごくろうさまでした。思えば、この方にチャンスをもらって、タウンマネージャーができた。2004年。もう8年も前かぁ。あのときの総曲輪通りの販促委員会は若返ったし、人材もいるし、やる気もあった。この10年で商店街がもっとも活性化した一年だったろう。そのときのタウンマネージャーでいられたことは光栄である。

なぜ、その一年だけだったのか。あれだけ活動して、事業実績もできたのに、当時のトップが翌年しゃしゃりできてしまった。若返った組織も逆戻り。当時の委員は結局その後は誰ものこっていない。これがトップのやることかと、当時思った記憶がある。

私は今でも思っている。総曲輪通りは、自ら成功を捨てた商店街である。大和移転を最大のチャンスとして、指を加えていただけだった。

人災だと思うのである。


プロデューサーH as 長谷川圭 [4/2 0:1]

「後半」

さて。今この街にきてくれている人って、
思い出をつくれるんだろうか。
そんな街なんだろうか。



プロデューサーH as 長谷川圭 [4/1 23:21]

「寝てきた」

さて。たまに聴きたくなる。
http://www.youtube.com/watch?v=XZLWB2rOP_8
なぜ?



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/30 12:51]

「装備」

さて。やっぱりね。ただ歩いているだけの人とお客さんをわけないといけないよね。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/29 17:49]

「やっと帰って来たメール」

さて。外をみて、富山を考える。あきらかに、富山は中活バブルですね。一号認定予算にむらがるシロアリだらけです。仙台の復興バブルならぬ、中活バブル。この5年気づいていましたか?バブルははじけたあと、皆さんどうなるかご存知でしょう?

他県の商店街はひっそりとやってますよ。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/28 14:55]

「つらよごし」

さて。前に総曲輪通りで会って逆切れしてきた店のオーナーの話を書いたと思う。うちの関連会社のサーバー代金を踏み倒した店である。「請求したら払う」ときられたタンカ。実際に請求しますよと電話したら「払わない」と言っているらしい。どういう神経の持ち主か。今度通りで会ったら、もう一度聞くよ。「もう払ったの?」と。店はその昔常盤町にあったとだけ、皆さんにお知らせしておきます。




プロデューサーH as 長谷川圭 [3/28 13:16]

「助手席」

さて。富山に帰ってきました。
とりあえず。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/26 5:55]

「あなた以外」

さて。弘前遠征最終日。いつもと同じ。帰りたくない病ですね(笑。

もどったら…JAGDAポスターをつくらないといけない。いつものGREEN展ですね。今年は総会が富山である。
http://www.jagda.org/information/jagda/1329

もどったら…からあげチッキンやらないといけない。トヤマグPBです。まずは試食。ロゴつくってメニューをつくって売ってみる。

もどったら…総曲輪モデルズヘアカタログやアルバーノ女子撮影があります。

もどったら…名古屋パルコにいかないといけない。その前に会議もあったりする。

もどったら…
もどったら…
もどったら…
まずは南富山へ行こう。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/25 7:27]

「ついに夢に」

さて。まだ弘前遠征中です。来週仙台によって返ります。5月は松江と高知にいかないといけないかも…っておいおい。遠征へらすんじゃなかったのかい。

弘前の中心部の下土手商店街を歩きました。
http://sitadote.or.jp/acl/shop/
すごい。本当になにもない商店街。ひさびさに富山以下を見た感じがします。以前は栄えていたそうです。そこに遠征先の中三百貨店があります。

この周辺には住宅が多いようです。マンションも一軒家もけっこうあります。私からみたら人口密度は高いように見えます。商店街と百貨店近くに、住宅街。つまりコンパクトシティっぽいのに、商店街は衰退。

人は住んでいても、買物等は車で郊外にいくそうです。つまり、街に人が住む=商店街の活性化ではないわけです。これが現実のひとつですよ。富山の皆さん。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/23 20:0]

「小手」

さて。地デジって、リアルすぎて芸能人の顔が直視できない。それでも、鈴木京香の顔はきれいだ。すごいと思う。品があって、知性がある。最近、自分の歳のとった顔を鏡で見るのがいやだ。

 
 


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/20 2:2]

「整形してみる」

さて。今日から弘前ひとり旅。7日間の遠征です。腹がいたいんです。痛くて13日目かな。弘前駅から中三百貨店までは遠い。とはいえ、富山駅と総曲輪という感じでもない。中心がない街の感じです。ホテルからも1キロ。車道を通って行く感じ。なんだか不思議な街です。しかし。弘前は美人が多いです。青森は盛岡クオリティに近いものがあった。弘前はちょっと上をいってる(笑。
 
たまっているメールがいっぱい。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/19 4:56]

「日本海」

さて。こういうのをごり押しと呼びたい。
http://toyama-raillife.jp/
自然に電車男になった私からすると、インタビューが寒くて読めない。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/19 4:45]

「笑顔の確率」

さて。こんなのを見つけた。
http://blog.canpan.info/com-f/archive/559
聞いてみたい。嘘です。終わったあとで気づいてよかった(笑。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/19 4:21]

「急いだ」

さて。富山も青森も、集まって暮らそうって空気がない。集まることの良さを表現している感じがしない。集まって暮らさないと破綻するってことを、市民が意識していない。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/19 2:16]

「老けたな」

さて。青森遠征終了。明日から弘前に移動します。きょうはアスパムという物産センターに行ってきた。まあ、そこそこである。ずっと青森市中心部にいたが、やはりちぐはぐな感じがする。空き室や空き店舗も目立つ。これが日本で最も成功しているコンパクトシティか…とは、ちょっと思えない。街全体もきたないイメージがある。なぜだろう。センスの問題か?とにかくちぐはぐなのである。ちぐはぐ感だけでいえば、富山よりもやや上か。

1月にいっていたいました熊本の完成度を思い出す。くまもんは今でもすごいと思う。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/17 7:6]

「つくったよ」

さて。青森です。来週から弘前です。遠征はしんどいです。そして、とっても良いガス抜きです。富山にいないと、富山のことなんて考えません。あのどうしようもない街(笑について意識しなくていいって、これほど幸せなことはありませんし、くやしいこともありません。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/15 7:16]

「やっぱり電話した」

さて。iモール指標から、iモールトレンドという言葉をつくる。センターリングは発想と理論までで、活性化したら検索数が増えているを証明するサイトはiモールトレンドと名付けよう。

i=私の
モール=街の
トレンド=最も検索されるものは?

こんな感じですね。
インフルトレンドをベースに考えました。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/14 7:17]

「帰らない現実」

さて。私は数社とアクセスログ解析の契約をしています。解析結果を売上などに反映させるわけです。その延長に地域活性化新基準に「地域メディアの検索数」と論じています。その新基準に名前がなかった。論文はセンターリングというタイトルにするつもりですが、指標名はない。なので、iモール指標とでも名乗ろうかなと考えています。

まだまだ青森。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/13 7:17]

「その自信はどこからくるの」

さて。遠征で青森にいます。とっても高齢化です。ここが富山と双璧の中活モデル都市かと思うと、結果がついてきてないでしょう。今私が20歳だとしたら…青森に住みたいとは思わないでしょう。もちろん、富山にも。

数百億円かけて富山と青森か…と思うと、この国のまちづくりのレベルに泣けてきますね。





プロデューサーH as 長谷川圭 [3/12 6:55]

「約束を守れない人間が多い国」

さて。震災から一年が経ちました。被災地の皆さんの苦労や心労、亡くなられた方の無念。遺族の悲しみ。メディアで流れています。一年経っても、まったく変わらない現状。何が足りないのか考える。

数十万が被災し、数万人が津波で亡くなった。悲しい出来事ですが、結局どんな不幸も誰にも頼れない。0どころからマイナスからでも人はまた歩いていかないといけないのか。

この一年で、この国では、3万人の自殺者を生み、1万人が交通事故で亡くなっている。4万人以上の遺族がいる。

同時刻に同地域で多数の人が亡くなるとニュースでも、一年かけて4万人が死んでもニュースにはならない。

苦しんでいる人は、この国には多くいる。震災と同時に、目を閉じてはいけないものがあるのではないだろうか。私はそこに違和感を感じたりいします。

立ちあがる力は、国が与えてくれるものではない。個々に持つしかないと思ったりもする。

明日震災があるかもしれない、明日倒産するかもしれない。明日事故に遭うかもしれない。明日病に倒れるかもしれない。明日ひとりぼっちになってしまうかもしれない。明日信用を失うかもしれない。



プロデューサーH as 長谷川圭 [3/11 7:53]

「不連続」

さて。ただいま青森です。
なかなか寒いです。

いろいろ仕事していますなかで、
とっても統計的な仕事をしています。
アクセス解析です。

没頭していますと、
世の中に奇跡の大逆転というのはないんだと
痛感します。
 


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/7 15:24]

「いつまでつづく」

さて。ちんどんのポスターを見た。
これが富山の文化なら納得した。
活性化は、ちんどんなのだ。
ちんどんレベルなのではないか。
ちんどん呼んだら売れるんだってDNAがあるなら、
今の富山の幼稚な中活も納得できる。

本当に売りたい人は薬売りになる。
富山を代表する産業であり
商業です。
売れているのは県外である。
県外に売りに行かないと
売れない文化もあったりする。

こういう歴史があって、
今にいたるのね。

今日から青森です。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/6 22:21]

「サラダのような満腹感」

さて。今週はあまりついていない。
ちょっと騙され気味な、今日この頃の私。
騙されるときは、もしかしてと思っている。
それがだいたいあたる。
人って弱みに付け込まれると騙される。

とはいえ、私を騙すとはいい根性していらっしゃる。
本当にしつこいよ。私。

明日から青森。
またまた遠征です。

はじめて寝台列車に乗ります。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/2 17:54]

「明日消えるかもしれない」

さて。今日はモデルズをスカウトした。メールで(笑。前にも頼んだのです。そのときは「学生だったら間違いなくやりました!」と返事。その方は社会人1年生。うーんなんとかならいか…とダメ元である作品のモデルをお願いしてみた。やっぱりダメだよね。いや、諦めたら人生おしまい。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/2 14:56]

「自分できづくまでどうしようもない。そこからがまた苦しい」

さて。中央通り問題について。新聞にも載った、組合費の問題。
その結果が一応出た。すでに、中央通り商栄会にはお達しはいっている。
残念ながら行政指導まではいかず、口答注意となった。
口頭注意では納得できなかったので、
不正の調査を依頼した私には、書面で解答をいただいた。

文面通りではあれば、私の主張は、ほぼ認められたことになる。

完全勝利だろう。

詳細はショップインフォに掲載している通りなので、
「まいづくり課」で検索して読んでいただきたい。
今までの流れはこちらで。
http://www.toyamagu.com/contents/fromtoyamagu/index.html

長年私に主張してきた「慣例」は
「法令」的には違反していて、
今後は慣例を正すしかなくなったわけです。

問題は、この「注意」を全うするのか、どうかでしょう。

次のステップへすすみます。


プロデューサーH as 長谷川圭 [3/2 11:55]

「信頼って買えないのよ」

さて。なんだったんだろう、
この2月の売上は?と思う店が
多かったのではないだろうか?
私は昨年、本店休んで3週間の大遠征に出ていたので、
去年と比べることはできない。

売上がさがるってことは、まずは自分たちの責任だ。
転嫁するつもりはない。こんな数字じゃ、もうだめって思って畳む。
人通りのせいにしてもしょうがない。営業がないって判断もおかしい。

他にいけば売れるのよ。移転したら、まちがいなく売れる。
だから、全国遠征にいけば行列になるし、
売れそうだから、全国の百貨店のバイヤーは声をかける。

自分たちの責任と十分に理解してから、
マーケット判断をしたい。

コンパクトなまちづくりは、
商店街の売上にマイナスの影響を及ぼした。
こういう総括をしましょう。


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